司法書士といえば、高度な法律知識を持ち、不動産登記や相続手続きなどの重要な業務を担う専門職です。
国家資格であり、専門性も高いため、「安定している」「社会的信用がある」といったイメージを持たれがちです。しかし、その華やかなイメージの裏側では、過酷な労働環境や理不尽な待遇に悩む声も少なくありません。
近年、司法書士業界でもいわゆる「ブラック事務所」の存在が問題視されるようになってきました。長時間労働、サービス残業、パワハラやモラハラといった不当な扱いは、補助者だけでなく、資格者本人にまで及ぶことがあります。
今回は、実際に報告されているブラックな実態や、そうした事務所を見分けるためのポイント、さらに被害を防ぐための対策などについて詳しく解説していきます。
本来であれば当所のnoteにて取り上げる内容ですが、イチ司法書士として、司法書士業界がよりよいものとなってほしいとの願いを込めてその一部を当ブログでも取り上げます。
業界内のリアルな現場を知りたい方や、これから司法書士事務所に就職・転職を考えている方にとって、参考になる内容です。
ブラック事務所とは?
ブラック事務所とはいっても、人によって定義が異なります。長時間労働、人間関係が悪い、法令に違反している等さまざまです。
中でも問題となるのは法令違反で、司法書士業界では「サービス残業」が常態化し、パワハラや労働法違反などが見られる司法書士事務所や司法書士法人が少なくありません。
本記事では、具体的に、以下のような法令違反を行っている事務所を「ブラック」と定義します。
- 残業代未払い・みなし残業の超過分を支給しない
- 過度な残業
- パワハラ・セクハラ・モラハラが日常化
- 退職を告げた場合の解雇
- 労働条件通知書が交わされない
- 違法な営業その他
残業代未払い・みなし残業の超過分を支給しない
司法書士事務所や司法書士法人では、「みなし残業」という制度がとられていることが多いです。「みなし残業」とは、労働契約上あらかじめ一定時間分の残業代(時間外手当)を基本給とは別に支払うという制度です。
例えば、「20時間の固定残業代を含む」ということであれば、基本給とは別に20時間分の残業代を支給するということであるため、20時間を超えない範囲内であれば残業代を支給する必要がなくなります。業務の都合上、残業時間や就業時間の把握が難しい司法書士業界においては、有効な手段の一つといえます。
しかし、20時間を超えた分については残業代を支給する必要があります。
司法書士業界では、この「みなし残業」の制度を正しく運用せず、超過分について残業代が支給されていないという話が多くあります。
そして、残業代を支給しないというのは、違法です。
過度な残業
司法書士業界においては、人手不足が目立ちます。
その中でも特に業務量の多い事務所においては、人手不足が合わさり、一人当たりの業務量が多くなる場合があります。
その結果、業務量に比例して残業時間も増えます。司法書士事務所では、毎日終電帰りという事務所もあるようです。
まず、労働者に時間外労働をさせる場合は、労働基準法第36条に定める協定(いわゆる36協定)をし、行政官庁に届け出なければなりません。36協定を締結し行政官庁に届け出をしないにもかかわらず時間外労働をさせるのは違法ということになります。
36協定をしたとしても、時間外労働(休日労働は除く)の上限は、原則として、月45時間・年360時間となります。これを超える場合についても違法となります。
なお、臨時的な特別の事情がある場合は、以下の条件を守る限りは月45時間・年360時間を超えて時間外労働をさせることができます。
- 時間外労働が年720時間以内であること
- 時間外労働と休⽇労働の合計が⽉100時間未満であること
- 時間外労働と休⽇労働の合計について、「2か⽉平均」「3か⽉平均」「4か⽉平均」「5か⽉平均」「6か⽉平均」が全て1⽉当たり80時間以内であること
- 時間外労働が⽉45時間を超えることができるのは、1年のうち6回の⽉まで
これを超えて時間外労働をさせる場合は臨時的な特別の事情がある場合でも違法となります。
司法書士事務所や司法書士法人としては、事務所内で抱えきれない業務量となる場合には本来、依頼を断るのが基本です。「事務輻輳」は、依頼を断る正当な事由として認められているはずです。
パワハラ・セクハラ・モラハラが日常化
司法書士は法律を扱う職業です。しかし、残念なことにパワハラ・セクハラ・モラハラが日常化している事務所は結構多いようです。
パワハラ(パワーハラスメント)とは、職務上の地位や人間関係の優位性を悪用し、業務に必要・相当を超える言動によって、相手に精神的・身体的苦痛を与える行為を指します。
モラハラ(モラルハラスメント)は、人格や尊厳を傷つける暴言・無視・過小要求などの言動による心理的攻撃を指します。
「お前は何をやっても成功しない」などといった暴言により、業務合理的な範囲を超えた人格否定が問題視されています。悲しいかな、司法書士によるこれらの行為も少なくないようです。
退職を告げた場合の解雇
司法書士業界では、事務所を退職する旨を告げた際、「それなら出勤は今日まででいいよ」などど事実上の解雇を受けることが少なくありません。
まず、労働基準法には退職に関する規定がないことから、民法に従うことになります。民法によれば、当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができ、この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了します。就業規則に30日前と定めていれば、それに従うことになります。
よって、「それなら出勤は今日まででいいよ」は解雇することになるといえます。
労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも30日前にその予告をしなければなりません。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければなりません。
よって、本当に「今日まででいいよ」とするのなら30日分以上の平均賃金を支払わなければならず、平均賃金を支払わずに解雇とするのは違法ということになります。
労働条件通知書が交わされない
雇用契約書
まず、雇用契約書が交わされないケースがありますが、これ自体をもって直ちに違法というわけではありません。
労働契約法6条1項においては、
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
と規定しています。これは双方が合意すれば口約束でもよいということになります。
労働条件通知書
労働条件通知書は書面やメールなどで明示を受けなければなりません。
労働基準法15条1項において
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
と定めており、明示しなければならないことになっています。「厚生労働省令で定める方法」とは、書面やそれに相当する電磁的記録などによる通知が該当します。
よって、労働契約の締結の際に労働条件通知書が交わされなかった場合、違法ということになります。しかもこれに違反した司法書士や司法書士法人には30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。
違法な営業など
テレアポ
司法書士事務所や司法書士法人によっては、仕事を獲得するためにテレアポ等を任されることもあります。
しかし、注意したい営業としては、一度断られた相手に再度営業電話をするということです。
特定商取引法17条では、
販売業者又は役務提供事業者は、電話勧誘販売に係る売買契約又は役務提供契約を締結しない旨の意思を表示した者に対し、当該売買契約又は当該役務提供契約の締結について勧誘をしてはならない。
と規定しています。テレアポは電話勧誘販売にあたるため、この規定の適用を受けることになります。そのため、一度断られた相手に対して再度テレアポを命じられるというのは違法ということになります。
参考記事:【営業電話】違法なテレアポ多し。話を聞いてもらえないのは当たり前
特に、電話で営業活動を行っている司法書士事務所では注意が必要です。
補助者決済
補助者決済とは、不動産売買の立会等において、本来司法書士本人が行うべき本人確認等の業務を、司法書士補助者(資格を持たない職員)が代わりに処理・対応することを指すものです。
決済業務は司法書士本人が最終的責任を持つ必要があり、補助者が単独で行うことは許されません。よって補助者に決済をさせることは違法です。にもかかわらず、未だに現場では補助者に決済業務を任せる事務所もあり、懲戒を受けている司法書士がみられます。
ブラック事務所が多い理由は?
このような事務所がなくならない理由として、以下のものが挙げられます。
- 業界の閉鎖性:小規模事務所が多く、内部事情が外部に漏れにくい
- 長時間労働が「修行」という体質:資格取得後の厳しい実務経験が当然視される風土
- 人材流動性が低い:専門性が高い業界のため、事務所間の移動や通報リスクが少ない
- 監督機関の目が届きにくい:士業事務所は監督官庁の監視が比較的緩く、労基署の立ち入りも限られる
- 供給過多と低単価競争:司法書士数が増え、事務所が無理な受注をする構造に陥りがち
つまり、業界構造・文化・監督体制の弱さが複合的に影響し、ブラック体質が温存されやすいのが現状です。
銀行や不動産会社、葬儀社の下請けとなっている司法書士事務所や司法書士法人がかなり多いことから、これらの「親事業者」の言いなりになっていることが原因と思われるケースもあります。
司法書士業界のブラック事情を少しでも改善していくためには、司法書士の先生方やそのスタッフ1人1人が意識を変えていく必要があると考えます。
見分けるためのチェックポイント
実際、見分けるのはかなり困難である面があります。求人票や面接では本来の負の部分を隠したがる傾向があるためです。
司法書士事務所や司法書士法人への転職・就職活動中に事務所を見極めるためには、以下の点を確認しましょう。
- 求人情報が古くなっていないか
- 基本給が明示されているか?最低賃金未満ではないか
- 雇用契約書・労働条件通知書の発行があるか
- みなし残業の範囲と超過分の支払い方法は明確か
- 残業代、休日手当はどうなっているか
- 事務所の仕組みや業務体制
- 職場の雰囲気(面接時に雰囲気・会話の様子をチェック)
入所後の対処法・対策
- 不当な扱いを受けたら早めに相談を
職場のハラスメントはすぐに記録を取り、第三者(社労士、労働基準監督署)に相談しましょう。 - 自分の基準を明確化しておく
例:月残業30時間まで、休日出勤なし、契約書あり・給与明朗、パワハラなし など。 - 懲戒請求も検討しましょう
上記に違反する司法書士や司法書士法人に対しては、懲戒請求をすることができます。この懲戒権者は一般の市民だけでなく、事務所のスタッフや他の司法書士にも認められています。
まとめ
司法書士という資格の難関さから「ブラック環境は修行の一環」と誤解されがちですが、法律を逸脱する働き方が容認されているわけではありません。
就職・転職活動時には求人の時点で見極め、契約の段階で条件をしっかり確認し、労働環境が整った「健全な事務所」を選ぶことが重要です。
幸い、業界内にはホワイトな事務所も一定数存在します。情報を集め、働き方の基準を持つことで、安心して実務に集中できる環境を見つけていきましょう。


